YouTubeの視聴は毎朝のルーティーンですが、w
この日は特にこれがお勧めで上がって来ました。
本になっているのを朗読してくださっている動画。
小林正観さんと神渡良平さんの対談です。
2020年6月、関節リウマチ(RA: Rheumatoid Arthritis)の診断を受けました。その後 2021年4月に強皮症(Systemic Sclerosis)と病名が変更。経過を記録していきます。読んでくださってありがとう!
YouTubeの視聴は毎朝のルーティーンですが、w
この日は特にこれがお勧めで上がって来ました。
本になっているのを朗読してくださっている動画。
小林正観さんと神渡良平さんの対談です。
なかなか面白い動画を見つけました。
千葉県で、診療所をやってらっしゃるそうです。
共感すること多し。
「病気は結果」であり、その原因があるはず…とおっしゃる。
***
知り合いに、
歩行困難、
喋るのも難儀、
自分で食べられない、
という人がいます。
その人は、配偶者が優しくて、
何にもしなくても良い状態にあるのです。
それで夫婦二人ともが幸せなら、
別に治らなくても良いのよね…。
ってか、治らない方が幸せなのかも?
***
そして今週は、
久しぶりにアースライティスソサエティ(関節症協会)のウェビナー。
お題は、
「身障者の税金(還付)と各種支給金」。
人々はたくさん質問を投げかけるわけですが、
それらを見ていて、
「治ったら困る」人たちが、
たくさんいるんだって実感。
いろんなことができないから、
税の還付/免除(或いは支給金)が受けられるわけで…。
それがなくなったら、
自分で収入を得る方法を考えなくちゃいけない。
ある程度の不具合があった方が、
サクッと給付金がもらえる。
そりゃ治ったら困るわ。w
私などは、
リウマチ発症初めの頃や、
ワクチン接種後には体が自由に動かせず、
誰かの介助が必要なほど大変だったけど(それでも助けてもらえなかったし)、
今は困難ながらも自分で自分のことができてるし。
病気が治ったらこれをする!と思えるか思えないかはもちろん、
お金が貰えなくなったらどうするか、
それは切実な問題だしね。
ま、皆さんご自分の人生を生きてくださいね、としか言えません。
YouTubeのお勧めで上がってきた動画、
思わず観てしまいました。笑
ホントだよね…って思うけど、
長らくNoと言えない状況だったし、
そもそもNoをNoとして受け取って貰えない、
そんな状態だったのですよ、ずっと。
そして全てが私のせい。笑
そーいえば斎藤一人さん、
リウマチさんのことを;
「ものすごく人を恨んでるか、恨まれてるかのどっちか」
と表現していましたが、
結果としてそうなるのかな、と思いました。
いずれにせよ、
病気になって自分の人生を振り返る、
とても良い機会になったのだけは事実です。
この方、他にもいろんな動画を上げていらっしゃいます。
あー、やっぱりそうなんだっていうもの多し。
何かヒントがあるかも?
追記:
「病気や症状を手放す『奇跡の起こし方』|潜在意識以上の領域を整体する」
もお勧めです。
久しぶりに、
斎藤ひとりさんの話を聞いててハッとしたこと。
「体の具合の悪い人、
人生うまくいかない人、
ひとの機嫌をとってませんか?」
自分の機嫌は自分でとる、
いつもニコニコ明るくしてることが大事だと。
相手は相手の都合で機嫌が悪いだけで、
しかもそれは一過性。
悪い方に自分を合わせちゃいけない。
相手の機嫌をとると、
機嫌をとってるこちらまで機嫌が悪くなってしまう。
聞いてて、納得。
だから私は病気になっちゃうんだ…。
結婚以来、全てのことが夫中心。
オレ様にふりまわされて、
彼のご機嫌ばっかりとってるから、
だから病気になるんだね。
なんでもっと早く気づかなかったんだろって思うけど、
今気づいたっていうだけでもめっけもの?
今後は、私の機嫌をとってもらうくらいの気持ちで、
構えているのが良いのかもね。
かなり難しいけど。
カナダはもう紅葉が始まっています。
また長い長い冬が来るんだよね。
春にどうなってるか、
自分が楽しみ。
毎年、夏はスポーツカーのイベント参加に忙しい夫。
昨年は私は概ねひとりで留守番でしたが、
今年はなぜか、夫はあまり出かけませんでした。
私は朝型の生活、彼は夜型の生活、
同居しているのに、お互い結構ひとりの時間が長いのです。
いつもマイペースな夫ですが、
急に「気持ち悪い」と食べられない&動けない日が続きました。
彼が病気になったら、
否が応でも私が介助人…。
なんだかなあ。
リウマチなんか患ってるヒマ、ないよ?
という気持ちと同時に、
来週で期限切れになる私の駐車許可証の更新は誰が行くのさ?
という切羽詰まった問題あり。
早めに手続きと思い、8月中旬にネットで更新申請したら、
今持ってるのは臨時許可とのことで戻って来たのです。泣
仕方がないので、
痛む手で運転し(握れないので危険だけど)、
自分で当該事務所へ行って来ました。
最初は、オープンの20分くらい前に到着。
事務所前には、7〜8人の男女が並んでいます。
が、
5分前くらいになったら、
車内で待っていた人々が続々と列に入り、
合計で20名くらいに。
その日は金曜だったので、
週末なら空いているかもと、諦めて出直すことにしました。
立って待っているのは本当にしんどい!
で、翌朝。
45分前に到着、私の前には4人のみで、
車内で待つ人はありません。
血の巡りを良くしようとなるべく動き回っていました。
30分前に所長さんが到着、
15分前に事務のお姉さんが到着。
そんな頃には私の後ろにもたくさんの人が並んでいました。
いよいよオープンの時間になり、
ちょうど私までの5人が事務所内に入れました。
10分ほどで完了!
健常人でも結構なストレスになるお役所の手続き。
他の人たちに比べたら私の案件なんて簡単なものですが、
外国で、ひとりで、外国語で、
ストレンジャーに混じってる自分が、
妙にスゴいなと思って苦笑。
終わった時は倒れそうでしたけど、
これで1年、繋がりました。
来年以降も必要だったら、
今度からはネットで更新申請できます。
この一連の苦行を単独でやり遂げたことが、
私の自信に繋がったのでしょうか。
何かのスイッチが入ったような気がします。
先週水曜(8日)夜、
関節リウマチの特集番組があったそうで、
日本の家族が録画してくれました。
で、それをどうやって私に視聴できるようにするかが大問題。
結局、FaceTimeでモニター画面を見る、
という方法をとってくれました。
視聴したのは、国営放送の『ガッテン! 』です。
若い人たちが関節リウマチになり、
寛解して普通の暮らしに戻れている様子などが紹介されていました。
一番興味深かったのは、
東京女子医大の先生の紹介。
手指の手術を多くされているのは知っていましたが、
ドクター本人も関節リウマチの患者であり、
本当に頼れる方という印象でした。
やっぱり日本に帰って受診したいなあと思うものの、
今はまだパンデミックが継続中。
私はここカナダで最善を尽くすのみですが、
私の中で何かが変わった気がします。
それは、
私のゴールは断薬ではなく、
寛解でも完治でも良いから、
とにかく普通に生活できるようになること、
それが一番大事なことなのだ、と強く思いました。
日本の家族が送ってくれた御守り、
肌身離さず持つようになりました。
私は守られているのだから、
必ず良くなる。
思えば、
櫻庭露樹さんから小林正観さんを知り、
正観さんから斎藤ひとりさんに繋がりました。
ひとりさんからは中村天風さん、
天風さんからカリアッパ師と、
限りなく大きな力の連鎖があるのだなあと感じています。
以下は、8月に集中して聞いたひとりさんの講演です。
日に何度も聞いて、
潜在意識を書き換えたい。
そんな元気の出る斉藤ひとりさんのお話。
大宇宙エネルギー療法も試したいですが、
今はもうやってないみたいです。
あまり聴きすぎて(?)今は食傷気味な感がありますが、
また聴きたくなった時のために自分の覚え用の日記。
他のどなたかの役に立つかも?と思い、
公開設定にしておきます。
今月は、まるでメンタル月間かと思うくらい、
心理的なことにフォーカスしています。
月末のまとめとして、
浮かんできたことを書き留めておきます。
この先私が自分でこれを読み返して、
一体どんな風に感じるのか、
それを検証したいというのもあります。
***
あちこちでいろんな方が、
「リウマチになる人っていうのは妬みや僻みが強い」
とか、
「恨み辛みが多い」
と言ってるのを見つけて、唖然…。
えー、そうなの?
他人が何しようと、
羨ましいとも思いませんよ、私。
一瞬だけ「へ〜」と思うかもしれないけど、
だから何?と。
ずっと平気だと思っていました。
しかし、
そんな数々のコメントが引き金になったのか、
逆に今、
「あ、そうなんだ。ずるくない?」と、
他人の様子を見て思うようになってしまいました。
寝る子を起こした感じ?
そして、
私が人を羨んだり妬んだりというだけでなく、
他人の妬みや恨みが、
私の病気を引き起こしたとも言えると聞き、
スーッとふに落ちました。
これ迄にしてきた親不孝子不幸の数々、
きっと私はたくさんの人に恨まれているに違いない、と。
***
先日の斉藤ひとりさんの動画にあったことば、
「病気の人は自分が被害者だと思ってる」
私の脳内にリフレイン…。
だって私、
被害者でしょ?、と。
来たくもないカナダへ連れて来られ、
(リヤドの赴任後、私は日本へ帰りたかった)
こんな田舎に住み、
(公共交通機関が何もない)
夫の趣味に付き合わされ、
(私は車もその運転も大嫌い)
夫の母の面倒を丸投げされて、
(あの人は難しい人だと誰もが言う。そのうえ軽い認知症)
被害者じゃなかったら、何なんですか、私?
病気だから被害者なのではなく、
配偶者とその家族のワガママを押しつけられ、
振り回されたのは紛れもない事実。
我慢するから病気になる、
私はそっちの方を強調したいです。
我慢すると感覚が麻痺して、
誰が正しいのか分からなくなる。
そうなる前に逃げるべきです。
***
最近見ていたドラマ『Kevin Can F**k Himself』が、
とても印象的でした。
あまりにも共感することが多くて、
思わず涙が溢れ…。
北米の典型的なファミリーコメディですが、
色付きの夫側の場面と暗い妻側がパラレルで進行。
なぜ主人公は今の夫と結婚したの?と謎でしたけど、
その理由が分かって、
益々泣けてしまいました。
教育が足りない、
狭いコミュニティー(田舎)の暮らし、
女であることの辛さがマックスです。
***
そして極め付けなのは、小林正観さんの談話。
自我:
ー1 拗ねる、くさる、ひがむ
ー2 不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句
ー3 イライラする、腹を立てる、威張る、怒鳴る、怒る
ー4 恨む、憎む、呪う
ー5 敵対する、攻撃、喧嘩
ー6 殺傷する
これらの感情が、
人間に本来与えられている7つの感情、
1明るさ
2暖かさ
3優しさ
4自分に対する厳しさ
5奥深さ
6謙虚さ
7感謝の心
を押し潰してしまう。
今の夫との暮らしだけでなく、
これ迄の自分の人生全てにおいて、
自分でも気づかぬうちに鬱積したものが、
病気となって自分を攻撃しているのかもしれません…。
***
また、斉藤一人さんの、
いろんな方々の講話、談話の中で、
どの方も決まって「感謝する」ことを強調されています。
病気にさえも。
癌になってさえ、感謝しろと。
余命宣告されたのなら、
仕事もやめて好きなことができる。
終活もできる。
うーん、そうかな…。
実際に癌になり余命宣告された時って、
もう何もかもが遅いような気がしますけど。
事実、家族を癌でなくしているから言えますが、
壮絶すぎます。
現実に今、私に起こっていることに目を向けてみます。
こんなに痛みで苦しんでいるのに、
感謝しろなんて、
あまりにも残酷じゃないですか?
ずっと、
そう思っていたのですが。
小林正観さんの言葉に、
「私が病気になったのは、
家族の分の病を引き受けるため」
それを聞いて、
「ならいっか…」
そう思えるようになりつつあります。
遠く離れた日本の家族の分を、
私が引き受けることで彼らが元気でいられるなら、
それはそれで良いかな、と。
また、夫でなく、
私でよかったとも思います。
彼は私のように我慢強くないので、
じっと耐えることはできないでしょう、きっと。
それならやっぱり、
他の誰でもなく私が病気で良かったのかなと。
感謝にはほど遠いけど、
なんとなく一歩前進?な気持ちになったのでした。
特にどなたかが推奨されているわけではありません。
単に、昔の記憶から。
クラシック音楽を聴かせると、
美味しいぶどうができるって、
ワイン用のぶどう畑にスピーカーを設置したワイナリーがあったような?
人間だって同じじゃない?
好きな音楽、
癒しの音楽が要ると思い、
クラシック音楽を流しっぱなしにしてはどうかと思い付きました。
中でも、
周波数の高い音楽は、
癒し効果が大きいと言うではありませんか。
特に、モーツァルトがお薦めだと聞いた記憶がありますが、
バッハの方が好きだし、
ヴィバルディも好きだし…。笑
とりあえず好きなものは何でも、
片っ端から聴けば?と。
ピアノ、バイオリン、チェロなど、
どれが一番周波数が高いのかとググってみたら、
ピアノでもバイオリンでも大差なし。
それなら、
好きな音楽をピアノバージョン、
バイオリンバージョンと、
いろいろ聴けば直良?
ただし、聴くのは低音量で。
「聴く」のではなく、
「遠くで聞こえる」感じに。
そのほうが、
より潜在意識に到達できそうな気がして。
私はこれまで、
音楽といえば夫が好きでかけているものをそのまま聴いて/聴かされていただけ。
喫煙者の周りの人たちが、
強制的に煙を吸わされているが如く。爆
過激系の音楽を否定するわけではありませんが、
私の脳が心地良いと感じるものを求めて、
これからは私の好きな音楽、
聴きたい音楽を聴かせてもらいましょう!
と言うわけで、
一週間ほど前から、
あれこれ工夫しています。
以前、地下の工房で作業中に聞いていた、
ラジオフランス(クラシック音楽専門のネット系ラジオ)。
久しぶりにiPodを使ってみたら、
アプリが消えてる…。
客間のCDプレーヤーで、
手持ちのCDを聴こうと思ったのですが、
置いてる位置が低すぎるのと暗いのとで、
私には操作不可。
スマホから聴けるように、
夫がメインのコンピュータにダウンロードしてくれました。
これはとっても良案だけど、
すぐにバッテリーを使い果たしてしまいます。
そこで思い付いたのは、
YouTubeにあるクラシック音楽映像をテレビで見る(聴く)こと。
拙宅では概ね、テレビは夕方のニュース以降しか見ないので、
日中音楽を流しっぱなしにするに最適。
時々CMが入るのと、
なぜか一時停止してしまう以外は良好です。
と言うわけで、
まだまだ続く私のおウチ時間は、
クラシック音楽に満たされる…はず。
数日前の動画ですが、
斉藤ひとりさんの言葉が、
めちゃくちゃ刺さりました。泣
5月下旬から6月にかけ、
ワクチン接種後の副反応で苦しんでいた時…。
寝たり起きたりの毎日で、
テレビやユーチューブをつけっぱなしにしていました。
ネットテレビの再放送で、
懐かしの「Friends」を見ました。
再放送で飛び飛びにしか見たことがありませんでしたから、
まとめて見られるのはラッキーです。
最終回を見た直後に、
初回を見られた不思議。
みんな変わったね。
最近、また集まっていたそうじゃないですか。
もっと変わって(劣化して)るはず。
それは見たくないかも。笑
80年代の日本のドラマ、
「思い出づくり」。
ベトナム?の人がYouTubeに上げてくれていて、
楽しめました。
あの頃私は子育てに忙しく、
ドラマなんか見てる暇はありませんでした。
なんか嬉しい&懐かしかった。
私たちの世代って、あーゆー時代だったんだ…。
柴田恭兵がカッコイイとは、今でも思わないけど。笑
夫が見つけたネットフレックスのドラマ、
「The Kominsky Method」
面白かったですよ。
ユダヤ系高齢男性のシュールなジョーク、
想定外の成り行き、
良い英語の勉強になりました。爆
YouTubeは、
日本語でいろんな人の講話を聞けて良いですね。
たまたま見つけた小林正観という人の講演会が変わっていて、
とても新鮮でしかも楽しく面白い。
うたた寝しながらも脳が聞いてる感じでした。
最初は、彼が既に亡くなっているとはつゆ知らず、
私も講演を聞きに行きたいな〜と思ったのですが。
もう10年も前に亡くなっていたとは…。
合掌。
夜半過ぎに痛みで目覚め、
渾身の力を振り絞ってベッドから抜け出してお手洗いへ。
その後、落っこちないように一歩一歩ゆっくりと階段を下り、
キッチンで痛み止めを飲む。
それからテレビ部屋へ移動、ソファで横になります。
ソファのアームにラップトップを置いているので、
横になりながらの視聴です。
ダジャレや寒いオヤジギャグの応酬、
何この人?とは思ったものの、
正観さんの言葉は心にスーッと滲みました。
これからの私の投稿に影響があるかもしれません。
実は、5月初旬にモデルナのワクチン1回目を打ちました。
私は元々、ワクチン接種をするつもりはなかったのですが、
いきなり州の保健局から「優先接種」の連絡があり、
夫やその親類らもどんどん接種していて、
なんとなく打たざるを得ないような雰囲気になってしまいました。
ネットで予約を入れ、
ダウンロードしたウエイバー(承諾書)に署名までして行って来ました。
カナダ連邦政府の保健省のサイトには、
あまりすすめない…みたいに書かれていたり、
予約サイトにも「いつでもキャンセルできますよ」と欄外にあったり、
やめるのは簡単だったのに。
出かける直前、
お手洗いで座っている時に、
右斜め後方上部から声がしたのにです。
「やめるなら今のうちだよ」
はっきりと日本語で。
確かにそうなんだけどさぁ…と思ったものの、
結局、打ってしまった。
さっさと打って日本へ帰りたい!と思っていたのも事実。
案内が来て優先接種させてくれるなら、
それも運命?などと思い、
打ってしまった。
それでどうなったか、
私のユーチューブチャンネルからこのブログへ来て下さった方には周知のところ。
リウマチ症状のぶり返しが激しく来ました。
これまでで一番辛かったかも?というほどの状況でした。
立ち上がるのもやっと、
歩くのもままならず、
もはや着替えも一人では無理。
お手洗いへも力を振り絞って行き、
終わっても手が痛くて拭けない、
座ったり立ち上がったりが強烈に痛い。
両手の指全部が痛んで動かず、料理はできません。
買い置きの冷凍食品を夫が温めてくれましたが、
加工食品は痛みを増します。
料理もできない配偶者って、
やっぱりダメです。
ベッドで横になっているときは痛みを感じなくても、
いざ寝返りを打とうとすると、
身体が鉛のように重く、激痛も伴うのです。
起きようと思ったら、
まず足をベッドから床に移動して、
ずり落ちるように体を動かして最終的に頭を上げて立ち上がる。
後頭部と首が痛むので、
上体を起こす事が困難なのです。
ベッドから出るだけのことに、
5分も10分もかかりました。
まるで裏返った亀か起き上がりこぼし?
夫を呼べば助けてくれたかもしれませんが、
私が起きる時間は彼の熟睡タイム。
無駄に起こして気分を害すると、
私の1日がもっと暗くなる…。
長らくの闘病に加え、二度目の緊急事態なので、
今度は夫も割と協力的ではありましたが。
せっかく春にはお薬なしでも生活できるくらいになっていたのに、
また振り出しに戻ってしまった。
私はこのまま寝たきりになるの?
死んじゃうの?
不安はあるものの、
考えないようにしていました。
どんな状況もやり過ごすしかありません。
6月の受診で、
リウマチ専門医、肝臓専門医には、
「ワクチン接種が引き金になった可能性はある」
と、両方から言われました。
人ごとだと思って軽く言うじゃないですか!
私がどれだけ痛くても、苦しんでも、
所詮は人ごとなんですよね。
で先日、
クリニックから2回目のワクチン接種の案内電話がかかって来ました。
予定よりひと月以上早く、
次の接種日を指定して来たのです。
え?
私はまだ、最初の接種の副反応で苦しんでいるのに?
と言い返したら、
そそくさと電話を切られてしまった。
いろいろ聞いてもらいたかったのに。笑
自分の身は自分で守る、
これはやっぱり鉄則ですね。
もっとメンタル面で強くなりたいです。
今日20日は春分の日。
一週間前の14日には夏時間になり、
雪はまだありますが、カナダも春の気配です。
先月処方されたお薬「レフルノミド」をやめて10日。
特に変化はありません。
相変わらず指は腫れ、強張って細かい作業はできないです。
ふと、主治医の先生と交わした会話が思い出され…。
リウマチ専門医の次の予約日を聞かれて、
私の口からは思わず「行かないかも…」と。
主治医はちょっと驚いた様子でしたが、
私が続けて「セカンドオピニオンは聞けないんですか?」と言うものだから、
話を聞いてくれました。
MTXをたくさん処方して、
それでも効かなくて更に増量、
血液検査の結果が悪ければ、すぐに薬を止めてと言うのみ。
で、結果が戻ったらまた別の薬を処方するだけで、
なんだか信頼できない…、と訴えてみたのです。
主治医の返答は、
「カナダではリウマチの専門医が少ない上に、
新しい患者さんを受け入れてくれる先生が極めて少ない」。
オンタリオ州でこんな調子なら、
もうカナダには良いリウマチ医を探そうと思っても、
限りなく無理ってことなんですよね。
トロントみたいな都市部なら、
もうちょっと何とかできるのかしら?
それともいっそ、西海岸?
そんなこといっても、
元々人口が少ない国だし、
リウマチ患者も専門医も、
日本よりはずっと少ないのは当然だし…。
あー、やっぱり日本へ帰って治療に専念しなさいっていう天の声なのかなあ。
今週は、
トロントにある関節炎協会が主催するレクチャーに参加しました。
お題は「足の関節炎」について。
オンラインで参加(ズーム利用)でした。
事前にメールでスライドなどを送ってもらっていて、
大体の内容は分かっていましたけれど、
同じように足の痛みや歩行で苦しむ人たちとの時間の共有は、
思った以上に有意義なものでした。
初参加だったので、
レクチャー後にも少し残って他の人たちの雑談を聞いていたのですが、
家族へのレクチャー/教育も切に望む、という意見がありました。
家族(特に配偶者)には痛みが分かってもらえず、
怠けているだけだと思われているのだそうです。
私も全く同感。
夫は未だにリウマチのパンフレットを読むこともなく、
どんな食品がリウマチに良いとか悪いとか、知ろうともしません。
今回のレクチャーには、
ひと月以上前に登録して申し込んでいたのですが、
他にも心配ごとがあれば電話相談にのってもらえたりするそうです。
そういうところがあると知っただけで、
心の落ち着きが保たれます。
どんなに名医に診てもらっても、
それが全てというわけではないし、
一人じゃないと実感できたのは実りでした。
今年もまた、
何の準備もしない静かなクリスマスになりました。
ツリーを飾らないのも、もう2年目です。
夫婦二人だけなので、
特にプレゼントも用意しません。
本当なら、
今年は西海岸ツアーをして、
引越しの予定を立ててと、諸々考えていたのに。
パンデミックのせいでというのもあるけれど、
自分の病気のせいで計画がダメになった気がします。
リウマチの治療は薬を飲んでも良い結果が出るどころか、
肝臓をやられてしまいました。
本当に辛いことばかり。
効かない薬を飲み続けることの意味って何?
効果のない物に身体を蝕まれるなら、
いっそ飲まない方が良いんじゃない?
飲んでも飲まなくても痛いなら、
飲まない選択があっても良いはず…。
全てが止まってしまったような、
静かな私たち夫婦のクリスマスでした。
今週は既に飲んでしまったけど、
メトトロキサートも葉酸も、
もう飲みません。
調べたら、日本でも公開された映画でした。
邦題は『世界一キライなあなたに』。
詳細は公式サイトで。
介助役に雇われた主人公と、
世話することになった身障者の彼との話。
二人は恋に落ちたにも関わらず、
彼はスイスでの安楽死を選ぶのです。
私はまだ、
不自由ながらも自分で動けます。
でも、
暮らしの中で自分でできることがどんどん少なくなり、
毎日24時間、終わりのない痛みの中でもがき苦しんでいる…。
私なんかいなくなった方がいいんじゃない?などと、
一度ならず頭の隅を過ぎることもあるのです。
そんな時は、
どうやって生きようという気持ちを高めれば良いのでしょうか?
12月に入ってから、
また振り出しに戻ってしまったかのような、
ゼロからのやり直し的な、そんな状況。
薬を飲む度に、
腫れと痛みの波が押し寄せます。
そしてその波がやっと引いたと思ったら、
また次の薬を飲む日がやって来る。
挙句には、
突発的な体調不良で急に仕事に穴を開け、
その延長線上には辞職という選択しかありませんでした。
好きだったオンラインでの仕事を諦めるのは、
私には相当な葛藤だったわけで…。
体と心の、双方が苦しみに攻め苛まれているようです。
人生を共にしている配偶者が、
私の一番の理解者とはなり得ないのも辛い。
これから先どうなってしまうのか…。
私にはただ、結果がどうなろうと、
見届けたいという思いだけがモチベーションです。
今月は、痛みに耐えて横になっている間に過ぎた…
と言っても過言ではないです。
そして、ここ暫くの間に、
本当にいろんなことが困難になってしまいました。
例えば;
朝、手が痛くて、掛け布団を引っ張れない、歯ブラシが握れない、顔が洗えない、
髪の毛をとかせない、
パジャマのズボンや下着の上げ下ろしが困難、など。
着替えをしようにも、腕と肩が痛くて被り物はコメディみたいに脱げないし、
ブラジャーのホックに手が届かなくなってしまった。
カーディガンを羽織るにも、
エイヤっとマントを被るみたいに両手で後ろへ振り回さないとできません。
膝が痛むせいで、トイレで座ったり立ち上がったりが困難になり、
反螺旋階段は上るのも下るのも厄介。
何をするにも痛みがあるので、痛む箇所を庇ってのおかしな動きです。
しかも本当にゆっくりとしかできません。
ドアを開ける、
照明のスイッチを入れる、
コンセントへのプラグの抜き差しなど、
簡単なことなのに、こんなにも力が必要だったのかと思います。
キッチンでは本当に役立たずで、
瓶の蓋が開けられない、
プルトップの缶も引っ張れない。
袋が開けられない、
包丁が握れない、
鍋が持てない。
もうないないずくし。
夫は料理をしない人なので、
自分でいろいろ工夫しないと食事はできあがりません。
最近の工夫は、
調理レンジのスイッチを回す、これ。
私がこんなにもいろんなことができなくなって、
まるで一挙に年を取って老婆になってしまった感じ…。
そんな私を、夫は内心どう思っているのでしょうか。
きっと混乱、困惑していて、
どうやって手を差し伸べたら良いのか困っているに違いありません。